出産編3~呻吟の陣痛~

奥さん

というわけで、奥さんは緊急入院することと相成った。

L・D・R

奥さんはさっそくLDR(陣痛・分娩・回復までを行う部屋)に入院することに。K病院のLDRは、10畳間くらいと広々として過ごしやすい。
部屋の真ん中には、分娩台に変形できるベッドが鎮座。洗面台、ユニットバスルーム、テレビや冷蔵庫まで完備というゴージャスさ。
さらに、陣痛を促進するための揺り椅子や踏み台も。

長い闘いが始まる…

僕が夜間受付に行って入院手続きを済ませてからLDRに向かうと、奥さんはベッドでダンゴムシみたいに丸まってうめいている。

育休マン
育休マン

今どんな感じ?

奥さん
奥さん

痛くて仰向けになれない…

正直言ってこの時点では、数時間後には生まれるだろうと思ってました。甘かった。ここから長い闘いが始まる…

ドクターの診察は僕が入室する前に済んでいて、まだしばらく掛かりそうとのこと。その後も15分おきに助産師さんが来室して、奥さんと話をしたり、ときどき内診や触診をしている。

奥さんは昨日からほとんどものを食べられず、飲み食いしてもすぐ戻してしまうこともあり、体力面が心配。ただ、常に装着してるNST(ノンストレステスト)装置によれば、母子ともに問題なし。

進め!陣痛 頑張れ!運動

ここからは、陣痛を進めて赤ちゃんが降りてくるようにしないといけない。
助産師さんに教わり励まされながら、色々やりましたよ。

  • 廊下を歩き回る(しかも大股で、一歩ずつグッと踏み込みながら)
  • 踏み台登り降り。
  • 僕と奥さん二人で向かい合って手をつないでスクワット
  • ストレッチ

臨月でもこんな運動しなかったよ。こりゃ何のトレーニングだ!?
K病院の助産師さんは、どうもスパルタの気があるみたい。わりと強めに叱咤激励してくる。まあ、早く出産に進まないとつらい状況が続くだけなので仕方ないけど…

奥さん
奥さん

うう、ギモヂワルイ…

入院が早朝5時過ぎだったので、病院で朝食・昼食が出たけど奥さんは食べられず、僕が平らげた。奥さんは匂いに敏感になっていて、いちごジャム(朝食に付いてきた)やハッピーターン(奥さんの好物なので売店で買ってみた)の匂いも受け付けず気持ち悪そう。
売店で買った品物で唯一役に立ったのはミネラルウォーター「いろはす」。何度も買い足しに走り、合計で7本使いました。

奥さんはとにかく何も喉を通らず、無理やり食べても戻してしまう。好物のメロンはもちろん、ウィダーインゼリーやポカリみたいな流動物もダメ。出産当日の僕の仕事の一つは、ビニール袋とティッシュを使って吐き戻しの処置をすることでした。

まさか!?帝王切開になるかも?

昼食が終わり、午後2時、3時、4時……になっても、陣痛間隔は変わらず4分くらい。ドクターの内診によっても子宮口は4-5cmで、まだ出産には足りない。
4時過ぎには、陣痛促進剤(オキシトシン)の投与が始まった。最大使用量は120で、30分ごとに10ずつ点滴でゆっくり投与する。水分補給のために生理食塩水も点滴した。

それでも子宮口は5cm位からなかなか開かず、ついに午後8時頃にドクターからお話。「このまま状況が変わらなければ帝王切開にする」とのこと。
子宮収縮が続くことによる胎児への負担、母体の消耗を考えるとそうせざるを得ないと。

育休マン
育休マン

帝王切開は全然考えてなかったよ。

奥さん
奥さん

怖いよ~…

後から思えば、高齢出産なのでそういうこと(帝王切開)もあり得るんだけど、僕たち夫婦は迂闊にも想定していませんでした。奥さんはホント怖がってて、僕はずっと手を握ってました。

午後9時、最後の陣痛促進剤を投与しました。これで分娩できる状態までならなければ、帝王切開にするとのドクターの決断。そのタイムリミットは9時15分。嗚呼!

もし帝王切開になると、侵襲で回復まで時間がかかる上に、次の妊娠まで1年時間を開けないといけない。高齢出産の我々にとっては大問題で、不妊治療の病院に預けてある受精卵を使って体外受精をするかどうかに関わってくる。
自然分娩ができますようにと、かすかな願いと祈りを持ちつつ、運命の午後9時15分待つ。すると…

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コメント

  1. […] […]

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